インプラント療法に関しての、目に余るホームページの氾濫に、一歯科医療従事者として疑問を持っていました。背に腹は代えられないと言えばそれまでですが、医療に関してのモラルが忘れ去られる傾向にあることに、危機感さえ抱きます。それらの宣伝と同一視されたくはないとの思いから、ホームページの制作を躊躇してまいりました。

数年前、お一人の品のある老婦人が来院されました。その方は、ある施設でインプラント療法を受けられたものの結果が思わしくなく、さる開業医からのご紹介でした。問診を行っている時、ある言葉を口走られました。『この診療所は、なぜホームページを開設しないのですか?もしも、先生が広告ではなく、診療についての正しい知識を与えてくださるホームページを出していただいていたならば、もの凄い経歴の持ち主の歯科医師のホームページに魅かれて受診することもなく、このような苦労をしなくて済みました。ぜひとも、お考えください。』しかしながら、例のごとく腰が重く、ホームページの制作を避けてきました。

過日、定期診査のための時間になっても、お姿が見えません。これまで予約時間に遅れたことのない律儀なお方ですので、スタッフがご自宅にお電話を差し上げたところ、つい先日、急逝されたとのお知らせをいただきました。ご遺族のお話では、再治療の結果に本当に満足していただけていたようです。この患者さんのご遺志と受け止めて、ホームページを作る決心ができました。
従いまして、本ホームページは、適用症例数あるいはインプラントの埋入本数を誇り、何でもありかのような一般的なインプラント診療施設のものとは異なります。

インプラント療法は科学です。適切に応用されるならば、患者さんの生活の質(QOL)の改善と、長年月にわたりその維持を図ることのできるものであると確信しています。しかしながら、決して万能なものではありません。信心深い人間ではありませんのではばかられますが、神が作られるものは完全、完璧なものでしょう。しかしながら、どのような注意をしたとしても、人間の行為には限界があります。同じように、人間によって作られた医療材料を生体組織に置いてくるインプラント療法では、100%の成功は望み得ません。私の治療でも、完璧な結果は得られていないと思います。インプラント療法は、近代の歯科学を大きく転換させ、素晴らしいものには違いありませんが、すべての患者さんに適した万全ものでしょうか?決してそうではありません。素晴らしいものであっても、それには限界があることを患者さんだけではなく、歯科医療従事者も自覚すべきと考えています。

かつて、「政界のマッチポンプ男」と称されたお方がいらっしゃいましたが、私は「インプラント界のマッチポンプ男」を自認しています。1983年にわが国に今日のインプラント療法を紹介して以来、急がず慌てずにその普及に努めてまいりましたが、昨今の目に余る急激な広がりに疑問を抱き、どちらかというとそれに歯止めをかける動きをしているからです。次元も頭脳もは全く異なるお方ですが、原子力を学んだことからその危険性を悟り、その情報を発信されてこられた京都大学の小出 裕章先生のご心境に近いものかもしれません。

インプラントに関連した、最近のマスメディアによる一連の報道を歯科界に対するバッシングと捉える人もいますが、私はそうではないと信じています。患者さんが歯科医療に関してより多くの知識を得るための手段となり得ますし、問題となるような行為をしている歯科医療従事者がいるならば、自重をする契機となると信じています。